事例

ご主人が亡くなったとAさんが相談に来られました。亡くなったご主人・Xさんには多額の住宅ローンが残っており、放棄をしたいという相談でした。

住宅ローンは一般的に団信がついているので、申請をすれば住宅ローンは無くなります。これで一件落着と思いきや、とある問題が生じていました。実は、Xさんの存命中に住宅ローン返済が滞り、住宅が競売に掛けられたことがあったとのこと。しかも、競売金額では住宅ローンを完済できず、その後も残ったローン返済が滞るなど、遅延損害金が膨らんでいるという惨憺たる状態だったのです。自宅も、購入者から借家として借りて住んでいる状況でした。

既に団信の機能は失われているため、死亡しても債務は消滅しません。その他の金融資産も限りなくゼロに近い状態でした。Xさんは、競売後もローン返済が滞っている事は、家族に伏せていたようです。

ただ、最近になって、成人したお子様が競売されたご自宅を購入者から買い戻していたため、所有権は既にお子様に移っていました。お住まいの心配が無くなったため、Aさんご家族は、相続放棄を行うこととなりました。

結果

ところが相続人を確定していく中で、更に厄介な事実が判明しました。ご主人にはAさん以外の女性との間に子供がおり、その子を認知していたのです。もちろん、Aさんは全く聞かされていませんでした。

認知された子は、まだ7歳の子供でした。借金という財産が分与されることは悪夢でしかありません。
通常、相続放棄をしたら、関係者に話を通しておくのが筋です。しかし、認知の子に対して自分からは連絡を取りたくない、連絡を取らない方が向こうも幸せなのではないか、など、Aさんは非常に悩まれました。
仮にAさんが知らせなくとも、債権者が通知を出す可能性が高く、自ずとXさんとの関係や死亡の事実を知ることになります。その時に適切に相続放棄の手続きをすれば問題ありませんが、もし周りの大人たちに適切な手続きができなかった場合、7歳の子供に多額の借金が降りかかる可能性も否めません。

Aさんは、悩んだ末、認知した子及びその母親にお手紙で、Xさんが死亡したこと、Xさんには債務がありAさん家族は相続放棄をしたと伝えました。さらに、認知の子供が相続放棄の手続きをしやすいように、Aさん側でわかる情報をまとめた下書きと、必要な戸籍謄本も同封し、放棄をした場合は必ずお手紙を下さいという文言を添えました。

複雑な感情に苛まれ苦しみながら、Aさんができる精いっぱいの対応でした。

ポイント

団体信用生命保険(団信)と相続放棄

団信とは住宅ローンの契約時に加入する保険で、住宅ローンの契約者が死亡又は高度障害になった場合、それ以降の支払が免除され、相続人はその債務を負うことなく、住宅を相続することができるというものです。
遺族に対して保険金は支払われない代わりに、死亡した時点で保険会社が、残債務に当たる額を住宅ローンの引受先である銀行等に支払い、これにより債務は消滅します。

相続放棄は、被相続人の財産に属した 『一切の権利義務を放棄するか(相続放棄)、承継するか(単純承認・限定承認)を選択できる』 制度です。被相続人の財産はプラスの財産(不動産や預貯金)だけでなく、マイナスの財産(借金等の債務)も含まれるため、後者がプラス財産よりも多い場合があります。
その場合、承継した相続人に大きな負担となることがあります。また、例えマイナス財産が多くなくても、相続財産を承継したくない相続人がいる可能性もあります。そこで、民法では、相続人の利益保護や意思尊重の観点から、相続人は一定の期間内に相続放棄することができるとしています。

執筆者情報

事例発行元:相続手続支援センター事例研究会

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