事例


お父様のXさんが亡くなったとして、長男のAさんが相談にお越しになりました。Xさんは公正証書で書かれた遺言書を遺されていましたが、Aさんはそれを示しながら、「少し複雑でして」と話し始めました。Xさんと配偶者のYさん(Aさんのお母様)の間には長男のAさんと長女のBさんがいます。Yさんはご健在でS県在住ですが、Xさんは30年以上前に家を出て、別の女性Zさんと東京で暮らしているとのこと。XさんYさん夫婦は離婚していません。
長年の別居中、妻に対して連絡をしてこなかったXさんですが、老後を迎え死期を感じたのか、長男のAさんとは連絡を取るようになりました。そして、亡くなる前にAさんに公正証書遺言を託したのです。

結果

遺言書には、S県と東京の不動産と預貯金についてそれぞれ記載がありました。現在Yさんが住んでいるS県の自宅と銀行口座はYさんへ、東京のマンション及び銀行口座の半分はZさんへ、東京の銀行口座のもう半分とその他財産はAさんとBさんへ、といった内容で、Aさんが執行者として指定されていました。遺留分の侵害はありません。
相続人となるのは、配偶者のYさん、子のAさんBさんの3人です。当然ながらZさんには相続権はありませんが、今回のケースのように遺言書で遺贈していれば、Zさんも財産を受け継ぐことができます。Xさんは、戸籍上の妻と 事実上の妻が生活に困らないようにと、それぞれ財産を引き継がせ、子供たちへの分配も忘れず行いました。
ただ、そのような遺言があっても、自分たちを捨てたXさんを、妻のYさんや長女のBさんは許せるわけがありません。
その点はAさんも同じでしたが、生前に何通もの手紙を受け取り、残した家族への父親の想いを知ることができたそうです。一度は上京して父親を見舞い、献身的に介護するZさんにもお会いしたことで、遺言通りに相続を行いました。
当初、Aさんは遺言を託されただけで、財産の具体的な内容は分からず、Zさんも詳細は把握されていなかった為、財産調査に時間を要しましたが、無事に手続きが完了しました。
みんなの複雑な想いを一身で受け止めながら、遺言執行者として手続きを粛々と行った Aさん。さぞかし大変でいらっしゃっただろうと思います。せめてご家族皆さまに宛てた手紙があったなら、又は遺言でメッセージを遺されていたなら、YさんやBさんの受け止め方は違っていたかもしれません。

ポイント

遺言は自分の死後に残した財産の処分方法などを示す最後の意思表示

●遺言の方式や記載事項は法律で定められています

遺言者の意思は最大限尊重されるべきですが、どんな内容の遺言でも、どういう方法で遺言をしても法律上有効かといえば、そうではありません。また、遺言は法律が定める方式に従わなければならず、法律で定められた事項以外のことを遺言書に記載しても、法律上の効果は生じません。
 しかし、法的な効力はなくとも、遺言者の真の思いや希望を書くことにより、遺族が遺言者の意思を汲みとって、その希望を実現してくれる可能性もあります。これらの法的効力がない事項を「付言事項」といいます。


●付言事項で家族へのメッセージを

遺贈の内容や遺産分割方法の指定は、遺言者の自由です。相続人以外に遺贈することできますが、相続人の保護や相続人間の公平の観点から、一定の相続人に必ず残しておくべき相続財産の割合が「遺留分」として定められています。遺留分を侵害するようなアンバランスな内容の遺言の場合には、そうなった理由や家族へのメッセージ、感謝の気持ちなどを付言事項に書くことで、相続人間や遺贈相手との対立や軋轢を解消してくれるかもしれません。

執筆者情報

事例発行元:相続手続支援センター事例研究会

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