■過失は明白と言った弁護士コールが鳴った!
 Hさん(83歳女性・要介護3)は認知症が無い老健の入所者で、最近歩行が不安定になってきていました。施設では「ナースコールで呼んでもらい介助する」と息子さんへ説明していました。ところが、1か月後にHさんはナースコールを鳴らさずにトイレに行って転倒し、頭部を強打し入院先の病院で亡くなってしまいました。施設では「コールを鳴らさなければ介助はできないので過失は無い」と家族に説明しました。
 ところが息子さんは、隣室の利用者から「職員を呼んでもなかなか来てくれない」という話を聞き、居室担当の動きが悪く頻繁にコール対応が遅れていたことを突き止めました。息子さんは「コールを鳴らさずに一人でトイレに行ったのは、職員の業務怠慢が原因であり施設の責任である」と賠償請求をしてきました。施設は保険会社に確認すると、「自らの意思で歩いて転倒したので過失と判断するのは難しい」と回答がありました。施設では過失が無いことを再度説明しましたが、1ケ月後に弁護士から「施設の過失は明白である」として賠償請求がありました。

自立歩行中の事故でも業務怠慢が原因であれば過失

■自立歩行でも過失になるケースとは?

一般的な転倒事故の過失判断基準に照らし合わせれば、判断能力のある利用者が自立歩行している時の転倒事故は、施設に過失は無いと判断されます。ただし、具体的な事故事案で無過失と認定されるためには、次のような点も考慮されますので事故発生時には必ずチェックが必要です。

《自立歩行の転倒が無過失とされるためのチェック項目》
・服装や履物などが安全に歩行できる状態であったか?・杖や歩行器などの歩行補助用具に不備や欠陥は無かったか?・利用者の障害や認知機能から安全に自立歩行ができる状態だったか?・その日だけ体調不良であるなど、いつもと異なる危険は無かったか?・介助バーや手すりなど歩行環境(動作環境)は安全だったか?

細かすぎるチェック項目かもしれませんが、安全に歩行するための条件は多岐に亘り、詳しい事故状況を把握していない場合は保険会社も過失判断をすることは困難です。

■なぜ弁護士は「過失は明白」と言ったのか?

弁護士がHさんの転倒事故の過失が明白と言ったのは、ある判例を知っていたからです。

《自立歩行の転倒が過失とされた判例》
老人保健施設に入所していた95歳の女性利用者が,自室のポータブルトイレの排泄物を捨てに行こうとして自ら汚物処理場に行き、転倒し重傷を負った。施設側は、自発意思に基づく自立歩行であり過失は無いと主張したが、ナースコールを鳴らしても職員が来ないことが頻繁にあったことが判明。裁判所は「定時のポータブルトイレの清掃がなされていなければ、利用者が自らこれらを処理しようと考えるのは当然」と過失を認めた(平成15年6月3日判決・福島地方裁判所白河支部)

 この判例から分かることは「たとえ自由意志に戻づく自発行為中の事故であっても、ケアの怠慢によって危険な行為を余儀なくされたのであれば施設の責任を問える」ということです。また、汚物の処理を怠るなど明白な業務怠慢でなくても、「コールになかなか対応してくれない」「頼んでも忙しそうに嫌な顔をする」など、介助を頼みにくくするような態度も危険な自発行為の誘発要因になる場合もあり、注意しなければなりません。

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執筆者情報

監修 株式会社安全な介護 山田 滋 

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