「加齢」を感じるとき

高齢ドライバーのみなさんは、長い運転経験から、ご自分は比較的安全運転をしていて、まだまだ大丈夫、と自信を持っている方が多くいます。
しかし、油断は禁物です。車を降りて、日々の生活に目を向けてみると、意外と「老い」を感じる場合があると思います。一番わかるのは、「目の衰え」です。40代後半から、急に目が見えづらくなり、病院で診察を受けると「立派な老眼です」と言われてショックを受けた方は多いのでは?
今までは何でもなかった動作に、「よっこらしょ」という台詞が口から出ることはありませんか?
「腰が痛い」「肩が痛い」「首が痛い」などなど。生活の中では、どなたも「老い」を感じています。でも、車の運転だけはわからない...不思議な現象ですね。

「加齢」と車の運転支援技術

実は、車の性能はどんどん向上していて、運転支援技術はめざましいものがあります。
「衝突被害軽減ブレーキ」や「レーンアシスト」など、多くの技術が実用化されてますし、ハンドルも「パワーステアリング」が当たり前になりました。運転免許を取得した頃は、マニュアルミッションそれもコラムシフト、ハンドルはやたらと重く、窓もハンドルで上げ下げした記憶があると思います。エアコンも、その昔は「クーラー」でした。便利になった反面、運転も助けられていることに気がつかない、実は、車に運転してもらっていることに気がついていません。アクセルも踏み込めばあっという間に100キロに達する車です。簡単に扱える便利さから、自分の「老い」が始まっていることに気がつかないのです。

東日本大震災、復興途上でガソリンが不足、ハイブリットカーがとても売れました。でも、その後購入した高齢ドライバーから販売店に電話が入りました。「エンジンのかけ方がわからん、シフトチェンジがわからん。」などなど、新しい仕組みの車に、面食らった高齢ドライバーがたくさん出ました。「イグニッションを回し、エンジンを始動する」これが、「ブレーキを踏みながらスタートボタンを押す」に代わりました。昔のことはよくわかるけど、新しい仕組みについて行けない。こんな笑い話が日常で起きています。

運転支援はやがて自動運転につながりますが、その手前では、皆さんの運転を助ける重要な支援技術です。でも使えなければ宝の持ち腐れです。加齢とともに、新しいことを覚える力も衰えます。それを「面倒くさい」で片付けると、せっかくの新技術が無駄になります。「走る、止まる、曲がる」車の重要な機能に、新たな技術がたくさん出ています。「加齢」を感じさせず、「華麗」な運転を続けられるように使いこなして欲しいと願います。

沢山ある支援技術
・オートクルーズ:アクセルを踏まなくても、設定速度を維持できます。
・パーキングアシスト:駐車時に、自動で車庫入れしてくれます。
・ウインカー連動ヘッドライト:曲がる方向に光軸が動きます。
・オートライト:夕方自動でライトが点灯します。

視覚能力の低下(視野角の狭まり 動体視力)

■視野角は左右に加え上下でも狭くなり、近づいた信号などの見落としになります
■動体視力の低下では、右折時の対向車の速度把握がしにくくなります

資料:スポーツビジョン研究会 真下一策医師


写真の赤枠を見てください。動いている車から、「危険」を確実に見つけることが出来る範囲が、65歳以上では極端に狭くなっていることがわかると思います。景色としては十分見えているのですが、危険だと判断することが出来る視界はかなり狭くなっています。

脳の世界では「マルチタスク」というようですが、同時にいろんなことを処理する能力が加齢により衰えてきます。
「老い」は「経験の積み重ね」と考えれば、恥ずかしいことではありません。その経験を理解し、運転に生かす。これを行うことで悲惨な事故を減らし、「高齢ドライバーは危険だから免許を返納させよう」という風潮を跳ね返してほしいです。
「老い」を認めることで、運転に謙虚となり、より安全運転するようになれば、ご家族、お子様、お孫さんからも安心してくれると思います。まずは、「老い」を認識することから始めませんか?

執筆者情報

記事の作成・編集:平塚 雅之氏 / 特定非営利活動法人 高齢者安全運転支援研究会 事務局長

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