事例

相談者のAさんとそのご家族からのご依頼は、「広島の伯母Xが亡くなり、姪である自分しか相続人がいない。手続き先が遠方で、今後どう進めてよいのか分からないので手助けしてほしい」というものでした。

Xさんの最後の本籍地は、市が発行した火葬埋葬許可証から明らかです。まずはそこに記載されていた広島市の区役所へ戸籍の郵送請求を行うべく、必要書類や定額小為替などを準備して目的地へ向けて発送しました。しかし、これがこの後続く長い戸籍収集の始まりとなろうとは、想像もしていませんでした。

結果

本件の戸籍収集はすべてが郵送でのやりとりであるうえに、Xさんの家族が何度も転籍を繰り返していたので、なかなか思うように揃いませんでした。さらに、相続人が兄弟姉妹の代襲相続人であるAさんしかいないことを証明するためには、気の遠くなるような戸籍収集を必要としました。結果的に、広島県内各市区町村役場への郵送請求を13回、丸2ヶ月の期間をかけて、ようやくすべてを揃えることができました。

同じ家族が、広島県内でどうしてこんなにも転籍を繰り返すのか。住民票と違って、戸籍を移すには相応の理由があったと想像できはすれ、真意まで理解することはかないません。そんな中で、とある戸籍に胸を締め付けられる思いをしたのです。

Xさんの配偶者の戸籍には「ニューギニア北方海上ニ於テ戦死」の記載がありました。昭和16年に結婚してわずか2年後、Xさん29歳の時です。どのような思いでこの報せをお聞きになったのでしょうか。また、Xさんの母の戸籍には 「昭和20年8月6日午前9時広島市××町 番地不詳ニ於テ死亡」、わずか12歳の異父妹(注;母は離婚後、再婚相手との間に娘を1人もうけていた)の戸籍には、母の後を追うかのように「昭和20年8月9日午後6時広島市××町 番地不詳ニ於テ死亡」との記載がありました。おそらく、この一家は戦禍を避けるために転籍を繰り返してきたのでしょう。戦争によって、何回も家族構成が変わっていたことが、転籍を繰り返す原因だったのです。

多くの映像や文章よりも、戸籍が語る事実の方が、戦争の悲惨な状況をリアルに、身近に感じ取れ、平和な世の中で生きていられる我が身のありがたさを、戸籍収集という作業を通じて感じることができました。

ポイント

相続手続きを行うには相続関係を公証する書類として戸籍が必要となります。
しかも出生までさかのぼる為、多くの戸籍取得が必要となる場合があります。終活の一環として、ご自身の出生までの戸籍を前もって確認しておくことは、祖先に思いを馳せる機会にもなります。

そもそも戸籍とは

戸籍は人の出生から死亡に至るまでの親族関係を登録公証するもので、日本国民について編製され、日本国籍をも公証する唯一の制度です。出生、死亡、婚姻などの事実をただ淡々と記録をしているだけの書類ではありますが、今回の事例のような戦争の記載に触れる折には、その記録の中の人生が胸に迫ってくることがあります。記憶に新しい大きな災害も、その生死が戸籍に刻まれていくことで、次の世代、また次の世代に引き継がれていくことでしょう。

戸籍制度のイメージ

人によってはネガティブと捉えられる情報が記載されているとして、戸籍制度は「差別を助長する」とされたり、また「夫婦別姓の妨げになる」という批判を受ける向きもあります。しかし、自分と血の繋がった遠い先祖に、子もなく若くして戦争の犠牲となった人がいたことを、もう誰も覚えてくれている人がいないなかで、戸籍に記録されることにより、時を超え、相続手続の際に認識してもらえることは、ささやかではあっても、その方々のご供養になるような気がします。

執筆者情報

事例発行元:相続手続支援センター事例研究会

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