事例

お父様のXさんが亡くなられたとして、長男であるAさんがお越しになられました。
Xさんはご自身で会社を設立し経営してきましたが、早々に一線を退き、Aさんや二男のBさんに会社を任せて、ここ数年は悠々自適な毎日を送っていたそうです。そんなXさんにも、唯一の心配事がありました。自分亡き後に会社経営に支障が出ないよう、会社の株や自宅兼会社である不動産を速やかにAさんに引継げるかということです。
そのため、Xさんは「長男Aに『会社の株式』と『自宅兼会社の不動産』を相続させる」という内容の遺言を一人で作成し、Aさんに託した後、しばらくして天寿を全うされました。Aさんは、裁判所でXさんから託された遺言書の検認を受けたのち、粛々と手続きを進めたいとのことで、ご相談に来られたのでした。
しかし、実際の遺言書を拝見すると、記載されていたのは会社株式と自宅兼会社の不動産のみでした。この場合、記載のないその他の相続財産(預貯金や有価証券など)のお手続には、遺産分割協議が必要になることをお伝えし、相続税申告もあるため、早めに相続人全員(お母様のYさんと弟Bさん)で話し合うことをお勧めしました。

結果

ところが、思いもよらず、遺産分割の話し合いは紛糾してしまいます。Bさんが「遺言の内容には納得がいかない」と言い出したのです。Bさんによると「生前、父さんから『会社は二人に引き継がせる』と言われていた」とのこと。「母さんの今後の生活費分は母さんが相続することにして、その他の財産は株式も不動産も2分の1ずつ相続する」と頑なに主張するBさん。当センターとしては、相続人間での対立が続いているため、お手続きを進めることはできません。
困り果てたAさんは知り合いの弁護士に依頼し、家庭裁判所に調停の申立をされました。調停の間に、お母様のYさんもお亡くなりになったこともあり、裁判所での話し合いは2年もかかってしまいました。最終的には、当初の遺言書のとおり自宅と会社株式はAさんが、その他遺言書に記載のない財産は亡き母であるYさんが相続し、Bさんが取得するという内容で調停が成立しました。
もめごとが起きない遺言書を作成するためには自分一人で判断をするのではなく、信頼できる専門家のアドバイスを受け、すべての財産をどう分けるか、財産を網羅した記載をすることが重要だと痛感する事案でした。

ポイント

遺産分割協議がまとまらない場合の対処法

●調停を申し立て第三者を介して話し合う

遺言のない財産については、相続人全員で協議して分割内容を決める必要(遺産分割協議)がありますが、遺産分割協議では法定相続分に関係なく誰がどれだけ相続するのかを自由に決めることが可能なため、相続人それぞれが異なる主張をし、話し合いが平行線をたどり、協議がまとまらないということが生じます。その場合には家庭裁判所に調停を申立て、第三者(調停委員)を介して遺産分割の話し合いをすることができます。


●相続税を未分割のまま申告する

今回のケースでは、相続税の申告期限までに一度未分割の状態で申告し、調停成立後に更正の請求を行うという手間も生じました。そもそも、相続税の申告と納税は「相続の開始を知った日の翌日から10か月以内に行う」ことになっています。たとえ、分割協議が長引いている・分割されていない、ということであっても、期限までにしなければなりませんし、申告期限が延びることはありません。万が一、遺産分割協議に時間がかかってしまい、期限内での申告ができない場合には、今回のケースのように、期限内に各相続人が法定相続分に従って財産を取得したものとして相続税の計算をし、申告と納税をすることになります。ただしその際は、小規模宅地等の特例や配偶者の税額の軽減の特例などの相続税の軽減措置の適用が受けられないことになりますので注意が必要です。

執筆者情報

事例発行元:相続手続支援センター事例研究会

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