ある知的障害者施設での誤薬事故

 R障害者支援施設は、入所定員60名で重度の知的障害者を受け入れている施設です。法人のリスクマネジメント委員会の指示により4か月前から、利用者のお薬カードを作成し、服薬の前には利用者の顔写真を使って本人確認を行うようになりました。

ところが、ひと月の間に同じ利用者の薬を2回誤薬するという事故が起こりました。誤薬事故の原因は、利用者の薬袋を薬ボックスから取り出す際、利用者の氏名を見間違えた(読み間違えた)ことでした。マニュアル通りに「職員2名で日付と利用者名を音読したうえで確認」していながら、2人とも間違いに気づかなかったのです。法人のリスクマネジメント委員会にて再発防止策を議論しましたが、「確認ツールをここまで揃えているのに間違えるのではお手上げだ。職員の個人責任だ。」と、今日まで具体的な改善策が見出せないまま、職員の注意力に頼っています。

薬袋の氏名の文字が小さくて読みにくいことも原因

薬の確認に集中できない現場の環境も

 ヒューマンエラーの防止対策は注意力や集中力などの個人の能力に委ねてはいけません。
R施設のダブルミスの原因を調べてみたところ、まず、薬ボックスから薬をピックアップする際、職員が他の職員に確認を求めるのですが、この場面が大変集中しにくい場面であることが分かりました。与薬は食事が終わった順に始めるのですが、食事が済んだ利用者がジッと待っていてはくれません。部屋に戻っていこうとする利用者を呼び止めて席に座らせたり、部屋まで追いかけて行って服薬させている職員までいるのです。この状態で注意深く確認することは困難です。

薬袋の氏名の文字が小さくて読みにくい

 次に、薬袋に印字された利用者の氏名が、他の印字に比べて小さく読みにくいことが分かりました。加えて、薬ボックスが置いてある場所が、食堂の隅の台の上で暗いのです。これでは、小さな氏名の文字が余計読みにくくなってしまいます。なぜ、一包化された薬袋の氏名の文字はこんなに小さいのでしょうか?なぜ、朝食後・昼食後などの服薬タイミングの文字ばかり大きいのでしょうか?一包化をお願いしている調剤薬局に尋ねてみたところ答えはいたって簡単でした。

もともと服薬の一包化は、在宅で自分の薬の管理ができなくなってしまうお年寄りが増えたことで、これを支援するサービスとして始まったのです。居宅のお年寄りであれば、自分の氏名の印字は小さくても問題ありません。調剤薬局に「氏名の文字を大きくしてもらえませんか?」とお願いしたところ、「では思い切り大きくしてみましょう。」と気持ちよく引き受けてもらえました。更に「朝は赤、昼は緑、夜は青、眠前は黒というように、文字の色も変えてもらえませんか?」とお願いしたところ、これも「すぐにやります」と快く引き受けてくれました。

実際に薬ボックスの場所を変えたり、表示する文字を工夫したりすることで、薬袋に記載されている氏名を確認してみるとずいぶん確認しやすくなることがわかりました。人が文字を認識したり識別したりするには、視覚的な工夫が重要であることが良く分かりました。

執筆者情報

監修 株式会社安全な介護 山田 滋 

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