ついカッとなって利用者の顔を殴ってしまった

ある介護付有料老人ホームで虐待事件が起きました。入職して3カ月の男性職員Mさんが認知症の利用者に暴力を振るったのです。深夜、Mさんが巡回していた際、男性利用者のAさんが廊下を歩いていたのを発見し、居室に戻そうとするとAさんは激しく抵抗しました。もみ合っているうちに、Mさんは我を忘れて「いい加減にしろ!」と大きな声をあげ、利用者の顔を殴りその場に押し倒しました。駆けつけてきた主任が利用者を抱き起すと、利用者は鼻血を出しており立ち上がることができませんでした。

受診すると顔面の打撲と大腿骨骨折と診断されました。施設長は家族に深く謝罪し、市には虐待通報をしました。その後、施設長が息子さんに「本人はとても反省しており、“介護の仕事は好きだから続けたい”と言っている」と話しました。すると息子さんは、「こんなひどいケガをさせて何を言ってるんだ」と激怒し、警察に傷害罪で告訴しました。警察の取り調べを受けたMさんは「虐待が犯罪だとは考えていなかった」と語りました。

なぜ虐待が犯罪であると職員に教育しないのか?

高齢者虐待は犯罪である

 職員向けの虐待防止研修の冒頭で「もし皆さんが利用者を虐待してしまったらどんな法律で罰せられると思いますか?」と問いかけると、ほとんどの職員が「高齢者虐待防止法※」と答えるそうです。しかし、高齢者虐待防止法は高齢者の虐待防止に対して国や自治体が為すべき義務を定めた法律であって、職員が利用者を虐待した場合の罰則ではありません。

高齢者を虐待した者に対する罰則は、全て刑法で規定されています。Mさんが利用者に暴行してケガをさせた行為は傷害罪となり、その罪は15年以下の懲役又は50万円以下の罰金を定めています。

*高齢者虐待の防止、高齢者の養護者に対する支援等に関する法律

高齢者虐待はどんな罪になるのか?

 では、高齢者虐待防止法で定義されている5つの虐待行為は、それぞれどのような罪になるのでしょうか?全ての虐待行為が犯罪に該当する訳ではありませんがおおよそ下表ようになります。職員研修では必ず虐待に対する厳しい刑罰を教えなければなりません。Mさんが虐待の刑罰の厳しさを知っていたら、他の職員を呼ぶなどしてもっと慎重に対応していたと考えられます。

高齢者虐待に対する刑法の罰則
イ 高齢者の身体に外傷が生じ、又は生じるおそれのある暴行を加える
「身体的虐待」⇒暴行罪・傷害罪
ロ 高齢者を衰弱させるような著しい減食又は長時間の放置
「放置・ネグレクト」⇒遺棄罪・保護責任者遺棄罪
ハ 高齢者に対する著しい暴言又は著しく拒絶的な対応その他の高齢者に著しい心理的外傷を与える
「心理的虐待」⇒脅迫罪・傷害罪
ニ 高齢者にわいせつな行為をすること又は高齢者をしてわいせつな行為をさせる
「わいせつ行為」⇒強制わいせつ罪
ホ 高齢者の財産を不当に処分することその他当該高齢者から不当に財産上の利益を得る
「経済的虐待」⇒横領罪・背任罪・詐欺罪

執筆者情報

監修 株式会社安全な介護 山田 滋 

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