◆車椅子のブレーキを確認しなかった
介護職員のA子さんは、ある朝、離床介助の時に左半身麻痺の利用者Sさんを、ベッドから車椅子に移乗しようとしました。Sさんは離床介助の時に時々ふらついて転倒しそうになることがあるため慎重に上半身を支えて車椅子に身体を運びました。ところが、車椅子に座る寸前でSさんが突然ふらつき健側の右足がフットレストにぶつかりました。車椅子のブレーキが緩んでいたせいで、車椅子が後ろに動いてしまっていましたが、A子さんは「大丈夫だろう」と考えそのまま移乗しようとしました。しかし、Sさんの体重が思っていたよりも重く、A子さんは支えきれずにSさんを床に転倒させてしまいました。
事故防止委員会では、発生した事故の原因を分析して再発防止策を周知することになっているので、この事故も委員で原因分析を行うことになりました。事故報告書の事故原因欄には、「車椅子のブレーキを確認しなかったこと」と書いてあったので、再発防止策を「移乗介助の前に車椅子のブレーキを確認すること」として、職員に週徹底しました。しかし、翌々月にも同じ原因で、他の介護職員が移乗介助時に利用者を転倒させる事故が起きてしまいました。
委員会の原因分析では「なぜなぜ分析」を使う
◆事故原因分析の方法
事故報告書の事故原因欄をそのまま信用してはいけません。なぜなら、厚労省のひな型である事故報告書の事故原因欄が一つしか無いので、そちらを利用している場合には、多角的な事故分析ができないからです。また、事故報告書を記入するのは事故を起こした当事者なので、自分のミスが原因と考えてしまうということも考慮しないといけません。
では、有効な防止対策を講じるためには、どのように事故分析を行えば良いのでしょうか?

◆事故の直接原因を多角的に検討する
事故の原因は一つではありません。事故は必ず複数の原因が絡み合って起こりますので、多角的にいくつもの原因を検証しなければなりません。 一番簡単な方法は、次の3つの視点から少なくとも一つずつ原因を出してみることです。本事例の場合、次のような原因が考えられます。
①利用者側の原因➡早朝の転倒につながる処方薬を服用しているかもしれない。
②介護職側の原因➡移乗介助前にブレーキの利き具合を確認する習慣が無い。
③介助環境の原因➡車椅子のブレーキが緩んでいたこと。
◆直接原因の奥に隠れた要因を分析する
多角的に直接原因を分析したら、次にそれら直接原因の奥に隠れた要因を探します。なぜ車椅子のブレーキは緩んでいたのでしょうか?車椅子の点検をしなければ、ブレーキはいつか緩みます。なぜ、点検をしなかったのでしょうか?車椅子点検というルールが施設に無いから、などと分析ができます。
このように、事故の直接原因の奥にある隠れたリスク要因を分析する手法を「なぜなぜ分析」と言います。隠れた要因をチェックすることで、効果的な改善策につなげていくことができます。介助マニュアルでブレーキのチェックをルール化し、車椅子一斉点検日をルール化すれば、再発防止策は完璧になるでしょう。

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