◆長男の許可は得たが弟からクレーム
特別養護老人ホームS苑では、「S苑便り」という広報誌を月1回発行しています。できるだけ利用者の生活の様子が伝わるように、写真なども掲載し、生き生きと生活する利用者の情報が伝わるように努めています。また、「地域に開かれた施設を目指す」という施設の方針から、自治会や町会、地域包括支援センター、福祉センターなどにも送付しています。
ある月の「S苑便り」で、利用者の「お気に入り」を紹介することを企画し、お気に入りの人形を抱いて微笑んでいるUさんの写真を掲載することになりました。もちろん、相談員がキーパーソンの長男には電話で写真の掲載許可もいただいていました。ところが、翌月Uさんの次男から「福祉センターに“S苑便り”が置いてあり、母の写真が大きく載っている。人形を抱いていてあれでは認知症だと分かってしまう。誰の許可を得て掲載しているのか?」とクレームがありました。 施設長は、「ご長男の許可を得て掲載しているので・・・」と、説明しましたが、次男は市に苦情申立をしました。
利用者の個人情報の取り扱いルールがないことが問題
◆長男の了解を得ていれば掲載しても良いか?
本事例がトラブルとなった原因は、広報誌掲載への家族の了解の取り方にあります。 施設長は、「掲載の許可はキーパーソンのご長男にいただいているので問題ない」と主張していますが、相談員が電話で「広報誌に掲載させて欲しい」と話し家族が「いいですよ」と言っただけで、本当に了解を得たことになるのでしょうか?
特養入居者の個人情報には身体機能や知的能力に関わる、人のハンディ情報が含まれており、要配慮個人情報と言われる極めてプライバシー性の高い情報です。
広報誌とは、多くの人に伝えることを目的にしていることを考えると、掲載には細心の注意を払わなくてはなりません。では、広報誌に利用者の写真を掲載するには、どのような方法で了解を得たら良いのでしょうか?

◆個人情報掲載の了解を取り付けるには?
今回の件は、まず、どのような文脈でどのような写真が掲載されるのかを、家族に確認してもらっていませんでした。そのため、「あんな写真が載れば認知症だと分かってしまう」と家族からのクレームにつながってしまったのです。また、この広報誌がどこに配布されるのかも全く説明しておらず、「福祉センターのパンフレット立てに置いてあった」ことを咎められてしまったのです。広報誌が利用者の家族や職員など限られた人しか配布されないケースと、地域に広く配布されるケースでは、家族の判断は大きく異なるでしょう。
◆頻発する個人情報漏洩のクレーム
本事例のような、介護保険利用者の個人情報を巡るトラブルは、近年増加傾向にあります。その理由は個人情報保護法が施行され利用者の家族が個人情報に対して敏感に反応するようになったことも一因ですが、施設側で利用者の個人情報の取扱いに対するルールが明確になっていないケースがみられことが大きな要因になっているのではないでしょうか。
例えば、利用者の描いた絵(作者の氏名が付された)を特養の1階のエントランスに掲示したところ、家族から「こんな人目に触れるところに掲示するな」とお叱りを受けました。この特養は、1階は事務所・厨房・デイがあり、2階から5階が居室のスペースになっているのです。つまり、1階は不特定多数の人が出入りするパブリックスペースであり、2階以上が居室だけのプライバシースペースであり、掲示するのであれば利用者の居室のあるフロアに限るべきといえるでしょう。
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