◆事故に至らなければヒヤリハット?
Mさんは、特別養護老人ホームに入所している認知症のない左半身麻痺の女性利用者です。身体機能の低下に伴って普通浴槽からリフト浴に変更になりました。Mさんはリフト浴チェアのベルトが硬くて冷たいので装着を嫌がりました。仕方なく介護職員はベルトを締めないまま、リフトのチェアを浴槽に降ろしました。ところが、お湯に浸かる寸前でMさんがバランスを崩し、チェアから落ちそうになり大声を上げました。職員が急いでリフトを止め、Mさんはチェアにしがみついたため、お湯への転落を免れましたが、Mさんは恐怖感が収まらずしばらく震えていました。職員は翌朝ヒヤリハット報告書を提出しましたが、その日の午後に面会に来た娘さんにMさんが「死ぬほど怖い思いをした」と訴えました。娘さんからは「職員のミスで浴槽に落ちかけたのに謝罪もないのか」と抗議がありました。施設長は「重大なヒヤリハットなので、防止対策を検討して周知徹底する」と答え、主任を呼んで「規則を守るように指導を徹底してください」と言いました。
規則違反のヒヤリハットが起きた時の対応とは?
◆クレームにつながるヒヤリハットの扱い
本事例で職員は、「溺れていないので事故では無い」と考えて、翌日ヒヤリハットシートを出しました。しかし、利用者や家族から見れば、死ぬ寸前の恐怖を味わったことは、大きな被害であり事故と同じなのです。事故に至らなくても大きなクレームにつながるようなヒヤリハットは、迅速に施設長に報告させ、施設長自ら謝罪をしなければなりません。
◆規則違反の原因は何か?
たとえヒヤリハットでも、規則違反によるヒヤリハットは普通の原因分析とはやり方が違います。まず、なぜ規則違反が起きたのかを分析しなければなりません。規則違反の原因は次の3つ視点で分析します。
①規則が文書化されていないので周知徹底されていない
管理者は「こんなのは当たり前、介護職員の常識」と考え、職員のモラルを問題にしますが、規則は文書化しなければ徹底できません。暗黙の了解は規則として機能しません。
②規則違反による事故の罰則を周知する。
規則違反で死亡事故につながると、「懲戒免職」「施設から職員への賠償請求」「業務上過失致死」など、重い罰則につながることがあります。研修で徹底して理解してもらわなくてはなりません。
③規則を守りたくても守れない理由は無いか?
使いにくい機器や設備など、規則の遵守を妨げる環境要因がたくさんあります。硬くて冷たいベルトは利用者が付けたがりません。無理に付ける訳にもいかず規則違反となる場合があります。
このように、規則違反が原因で事故やヒヤリハットが起きた時は、ただ「規則を守るよう徹底する」だけでは、有効な対策にはなりません。規則違反が起こる原因を分析して、全ての職員が規則を守れる環境を作らなければならないのです。
※本ニュースを無断で複製または転載することを禁じます。