事例
Aさんが、ご主人を亡くされて、相談に来られました。ご夫婦にはお子様はなく、お二人で支えあって暮らしてきたとのことです。相続人はAさんとご主人Xさんの兄弟姉妹となりますが、生前ご親戚付き合いが全くなく、何名いるか、ご健在かどうかも把握できていないとのこと。早速、戸籍を集めて確認したところ、8名の兄弟姉妹のうち、6名がご健在でした。しかし、2名は亡くなっていたため、その子、つまり代襲相続人となる甥姪が5人いることが判明しました。
相続人はAさんの他、兄弟姉妹6人、甥姪5人を合わせた12名となることがわかりました。
結果
Xさんの主な相続財産は、ご自宅の土地・建物やご預金です。ご自宅は名義変更をしなくとも、住み続けることはできますが、相続登記が義務化されており、名義変更をしなければなりません。その為には、相続人全員と連絡を取り、遺産分割協議をする必要があります。これは、ご預金の解約も同様です。その旨をお伝えすると、「主人の兄弟姉妹とは、会ったこともなく、存在すら知らない。どうすればよいか分からない」と途方にくれるAさん。
そんな中、Aさんから「主人の荷物から遺言書のようなものがでてきた」と連絡をいただきました。
その遺言書は、封筒等には入っておらず「妻に全財産を相続させる」という内容の自筆証書遺言でした。亡くなる直前に書かれたらしく、筆圧も弱く、ひらがなではありましたが、はっきりと読みとれます。署名、日付、捺印の要件も満たしています。早速、家庭裁判所に検認の申し立てを行い、無事にご自宅の土地・建物をAさん名義に変更し、ご預金も解約することが出来ました。
大切なご主人を亡くされ、ただでさえ辛いお気持ちでいらっしゃったAさんが、会ったこともないご主人のご兄弟姉妹や甥姪との煩わしい協議をすることなく相続手続を無事に終えることができたのも、ご主人が遺言書を残してくれていたからでした。兄弟姉妹には遺留分もないため、子供のいないご夫婦が財産を配偶者に遺したいと考えている場合には、財産の多い少ないに関係なく、遺言書を作成すべきであることを改めて実感した事案でした。

相続人が増えるケースと遺言書の必要性
●子供がいない夫婦の相続
今回の事例のように、子供がいないご夫婦のどちらかが亡くなり、亡くなった方のご両親(直系尊属)が既に亡くなっている場合は、その方の兄弟姉妹が相続人となり、さらに兄弟姉妹が既に亡くなっている場合は、その子(甥姪)が相続人となるため、相続人が10名以上となることも少なくありません。そのような場合、相続人間で話し合う遺産分割協議が難航することがあります。Aさんご夫婦のように、残された妻(夫)が、亡くなった配偶者 の兄弟姉妹と疎遠な場合は多々あり、遺産分割協議で大変苦労されるケースが見受けられます。
●遺言書の必要性
このように、残された配偶者を苦労させないために、遺言を作成しておくことが有用となります。遺言では財産を自由に処分できますが、一定の相続人には、最低限受け取ることができる割合、いわゆる遺留分が定められています。この遺留分は、相続人となる兄弟姉妹(甥姪)には認められていません。従って、子供のいないご夫婦が、「すべての財産を妻(夫)に相続させる」という遺言を書くことは、兄弟姉妹や甥姪から遺留分を主張されることがなく、財産を配偶者に円滑かつ確実に継承できる、非常に有効な手段といえるのです。
●自筆証書遺言の注意点
遺言者が直筆で作成する遺言書を自筆証書遺言といいます。注意すべき点は、相続開始後、この自筆証書遺言を保管する者、又は発見した相続人は、遅滞なくこれを家庭裁判所に提出して、「検認」という手続きを踏む必要があることです。これは、遺言書の形状、加除訂正の状態、日付、署名など検認の日現在における遺言書の内容を明確にして遺言書の偽造・変造を防止するための手続きです。遺言の有効・無効を判断する手続きではありません。
執筆者情報
事例発行元:相続手続支援センター事例研究会