事例
お父様のXさんの相続手続について、一人息子のAさんがご相談にいらっしゃいました。開口一番「実は困ったことがあって」とのこと。なんでも、お母様のBさんが一人で住んでいるご自宅について、不動産の登記簿を取ったところ、建物はXさんの名義だったのですが、土地がXさんの祖父(Aさんの曽祖父)であるZさん名義のままであることが分かったというのです。Xさんご自身は一人っ子であったため問題はないのですが、Xさんのお父さんであるYさん(Aさんの祖父)には兄弟姉妹が大勢いて、既にお亡くなりになられている方も多いようです。Zさんの相続に関し、これらの方と連絡を取るとしても、Aさんとは「おじいさんのご兄弟姉妹とそのご遺族」という関係になり、ご面識もない上、今後どのように手続きを進めていけばいいのか見当もつかず、「母が安心してこのまま自宅に住み続けられるのでしょうか…」と、とても心配をしていらっしゃいました。
結果
まずは戸籍を取寄せ、土地の相続人を確定しようとしたところ、そのご心配が杞憂であることがわかりました。
Zさんの戸籍の死亡時の記載に「年月日Yノ家督相続アリタルニ因リ本戸籍ヲ抹消ス」とあったのです。
旧民法が適用されていた時代には「家督相続」という制度がありました。現在の法律では、配偶者はもちろん子が複数いれば平等に相続がされますが、戦後まもなく民法が改正される前は、原則として長子が「家督」、すなわち家の財産をすべてひき継ぐこととなっていました。そのため、今回のように戸籍で「家督相続」である旨が確認できれば、Zさん名義の土地はYさんだけが相続したと戸籍により証明でき、土地の登記は「家督相続」を原因にZさんからYさんに変更することができます。そして、Yさんからは、一人っ子であったXさんが相続し、今般のXさんの相続として手続きが可能となりました。そうして、会ったこともない遠い親戚に連絡やお願いをする手間もなく、AさんとBさんの二人だけの協議で無事に相続登記を完了することができました。
相続登記をしないでおくと、相続人が膨大な人数になり手続に何年もかかってしまうことがありますが、今回は幸いにもすんなりと手続ができました。Aさんから「土地の名義が曽祖父のままだと知ったとき、人から聞いた話やネットで調べた情報から、相続人がたくさんになって大変だと大慌てをしていましたが、専門家に相談をして本当に良かった
です」とお言葉をいただきました。
家督相続とは旧民法における相続の方法
●明治憲法下の家制度において
戸主(家長)が隠居や死亡した際、原則として「長男」がすべての財産・権利を相続するという「家督相続」という制度があり、戸主の法律上の地位を相続する際の順位は法律で決まっていました。その第一順位は「被相続人の家族である直系卑属(子や孫)」でした。その第一順位のうち、嫡出子の長男がいる場合は、その者が原則単独で相続をしていたのです。
●戦後の民法改正によって
戦後、憲法が改正され、国のあり方が大きく変動する中、家族のあり方も「家」から「個人」にその基礎を移します。
現在の民法では、法定相続人が定められ、配偶者は必ず相続人となり、第一順位の相続人は旧法と同じ直系卑属でも、「長男が全部」ということはなく子の数で案分(子は全員平等)となりました。
なお、現在では、遺言がない限り 「長男にすべてを相続させる」といったことは、他の法定相続人全員の同意がないと不可能です。
●家督相続制度の適用
今回紹介した家督相続の制度は昭和22年5月2日までに開始した相続について適用されるため、先祖代々受け継がれてきた土地などで、長年相続登記がされていない場合、相続開始がそれ以前であれば、現在でも家督相続を適用して相続登記をするケースがあります。
執筆者情報
事例発行元:相続手続支援センター事例研究会