事例

「相続の手続きで、毎日窓口にいらっしゃるAさんが、ご高齢なこともあり戸籍が集められず何度いらしていただいても手続きを進められないため、お手伝いいただけませんか?」と金融機関の担当者から連絡をいただきました。
早速、A様のご自宅にお伺いすると、奥様のXさんを失くされたあとの男性の一人暮らしにもかかわらず、Aさんの家の中は片付いており、受け答えもしっかりとしていらっしゃいました。
「家計は妻にまかせきりで、銀行の預金がおろせないと、もう生活ができなくなってしまうんだよ…」など、お話をうかがい、今までに取得された戸籍を拝見させていただきました。ご夫婦にはお子様はおらず、Aさんと奥様のご兄弟や甥姪とのご相続となるところ、まだ奥様の婚姻から死亡までの戸籍しか集められていないことがわかりました。
しばらくするとチャイムの音が鳴り、お届け物があったようで、「荷物を受け取ってきます」と席を外されたAさんでしたが、荷物を手に戻られたところ、「あんた誰だ?何の用事できてくれたのか?」とおっしゃったのです。
しっかりしていらっしゃるように見受けられたのですが、Aさんは認知症を患われていました。このままではAさんからの委任状をいただいてのお手続きはできないため、ご紹介元に確認をしたところ、Xさんの姪であり、Xさんの相続人にもなるBさんとご連絡が取れるということで、お繋ぎいただくことにしました。

結果

お目にかかると「実はAさんとはもう関わり合いになりたくないんです」とおっしゃるBさん。以前は、子供のいない叔母夫婦の面倒を見ていたそうですが、Xさんのご病気が悪化すると同時に、AさんのBさんに対する暴言や悪態が増えるなど、おつらい思いをされたそうです。そのため、叔母のXさんが亡くなられたタイミングでAさんの世話をやめたというご事情がありました。
しかし、Aさんの症状は認知症という病気の進行が原因であったこと、預金が解約できないと生活に困ってしまうこと、相続手続をするためにはAさんに後見人を選任する必要があること、諸々のお手続きは相続人であるBさんにしていただく必要があることを、ご理解いただけるまでお話し、Bさんが後見人申立てと相続手続をしていただくことを、ご了承いただきました。
無事、手続きを終えることができましたが、Aさんに成年後見人が選任されたのは、Xさんがお亡くなりになられてから約1年後のことでした。この間のAさんの生活はとても不安なものであったことと推測できます。子供のいないご夫婦は、事前の対策が必要なことを痛感した事案でした。

相続人全員の合意により成立する遺産分割協議は、相続人の中に、認知症などの判断能力が不十分な方が1人でもいると成立しません

●後見制度の必要性

 今回の事例は成年後見制度を利用する必要があります。認知症など精神上の障害がある方は判断能力が不十分な為、社会生活において様々な契約や遺産分割などの法律行為をするのが難しい場合があります。成年後見制度は、このような方について、本人の預貯金や不動産などの財産管理、あるいは介護、施設への入退所など、生活に配慮する身上監護を、本人に代わって法的に権限を与えられた成年後見人等が行うことによって、本人を保護し、支援する制度です。成年後見制度には法定後見制度と任意後見制度の2種類があり、法定後見制度には、能力の低下の程度に応じて、成年後見、保佐、補助の3つの類型があります。申立てができるのは、本人の他、配偶者、四親等内の親族等です。

制度利用の問題点

 このように成年後見制度は、障害がある方を保護・支援するという役割の反面、実際に家族が制度を利用する際には、デメリットと感じる点があります。選任手続きは手間と費用がかかること、選任された成年後見人等には裁判所への定期報告などの負担があること、などが挙げられます。また、基本的には制度の利用を途中でやめることはできず、被後見人が亡くなるまで続くことになることも負担と思われる一因かもしれません。

執筆者情報

事例発行元:相続手続支援センター事例研究会

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