Xさんは40代の若さで、闘病の末に亡くなりました。奥様のAさんは30代で、5年前に結婚されました。お二人の間にお子様はいらっしゃいません。遺言はないようです。
相続相談会でお話を伺うと、Xさんは、会社の給料や投資信託による貯えに加え、数年前に亡くなられたお父様の遺産を一部引き継いでおり、相続税の申告が必要なだけの資産をお持ちでした。会社の死亡退職金、生命保険の手続きなどを説明し、お子様がいらっしゃらないので、相続人はAさんとXさんのお母様のお二人になること、遺言がないので、お母様と遺産分割協議が必要となることなどを説明しました。
Aさんは、終始うつむきながら、黙って聞いていらっしゃいます。一通り聞き終わった後、「まだ会社には言ってないのですが」と前置きし、少しだけ笑顔になって、次のようにおっしゃいました。
「実は、今、妊娠しているのです」
民法886条は「胎児は、相続については、既に生まれたものとみなす」と定めています。すなわち、相続開始時に胎児がいた場合、その胎児は無事に生まれてくることを条件として、相続人として取り扱われます。もっとも実際に遺産の分配等の相続手続を行うことができるのは胎児が生まれてからで、母親が胎児の代わりに行うことはできません。
無事に出生された場合、生まれたばかりの子は相続人として、母と遺産分割協議を行うこととなります。この場合、子の保護者である母が、子の代わりに遺産分割協議を行うことはできず、特別代理人を家庭裁判所に選任してもらう必要があります。この選任手続きは出生を待ってから行います。
相続税申告期限は相続開始を知った時から10か月ですので、申告期限は出生後と
なりますが、特別代理人の選任手続きに時間を要した場合、申告期限に間に合わない
可能性があります。出産後、遺産分割が未定(未分割)の状態で相続税申告を先に
行う段取りで準備を進め、数か月後、無事に元気な男の子が生まれました。
Aさんは幸せそうな笑顔を取り戻していました。

相続開始時点で既に胎児となっていれば、その胎児は、相続については生まれているものとして取り扱われ、相続権を有します。これは、生きて生まれてくることが条件となり、仮に死産だった場合は、最初から相続権はなかったものとされます。もっとも実際に遺産の分配などの相続手続を行うことができるのは胎児が生まれてからで、生まれる前に、例えば母親が胎児に代わって胎児の相続分の分配を受けておくことはできません。
なお、「相続開始を知った日の翌日から10か月以内」という相続税の申告期限は、胎児の出生を待って延長されることはありません。出産時期によっては、申告期限に間に合わない可能性がありますので、注意が必要です。
また、今回の事例のように、故人に子がいない場合の相続人は「配偶者と直系尊属(親)」となりますが、胎児の存在が明らかになることで、相続人(子)は「配偶者と子」となり、親は相続人ではなくなります。これにより、遺産分割協議の相手方が「義理の親」から「我が子(の代理人)」へと大きく変わることになります。
親と未成年の子の両方が相続人である場合、親がその子の保護者として子の代わりに遺産分割協議をすることはできません。「利益相反(親が自分の取り分を増やして、故意に子の取り分を減らす行為)」が起こる可能性を懸念してのルールです。この場合、家庭裁判所に、子の代わりに協議を行う「特別代理人」を選任してもらう必要があり、遺産分割協議はこの代理人を交えて行うことになります。
事例発行元:相続手続支援センター事例研究会