事例

「父Xが自筆で書いた遺言書が出てきたのですが、どうしたらいいか…」と、息子のAさんから相談がありました。
自筆で書かれた遺言書は、家庭裁判所に提出して検認を受けなければならず、勝手に開封することはできませんが、その遺言書は封がされておらず、中を見てしまったようでした。

ご家庭のご事情を聞いてみたところ、Xさんは、Aさんのお母様Yさんとは籍を入れておらず内縁関係のままでしたが、実子のAさんと妹Bさんを認知し、共に暮らしていました。Xさんの相続人は自分たち兄妹だけだと思っていたAさんでしたが、遺言書には、Yさんと出会う前に離婚した前妻との間に生まれたCさんの名前がありました。会ったことのない兄弟の存在を遺言書で初めて知り、対応に困って相談にお越しになったということです。

結果

有効な遺言書がない場合は、相続人全員で遺産分割協議が必要となるため、Aさんは会ったことのないCさんと協議をしなければなりません。Xさんの相続財産は、預貯金の他はAさん親子がいま住んでいる一戸建ての不動産で、Aさんとしては、この自宅を何とか自分たちで相続したいという願いでした。

そして、自筆の遺言書には、不動産についてはAさん達の希望通り「YさんとAさん及びBさんに相続させる」との記載がありました。一方、Cさんに対しては、離婚の際、母親に多額の財産分与したので相続させないという内容が…。また、預金については記載なしでした。Xさんは、いっしょに暮らしてきたAさん母子の今後の生活を案じ、自宅を相続させたい気持ちで遺言を残されたのでしょう。しかし、残念ながらこれでは登記ができません。共有での不動産登記は可能ですが、3人の持分が示されていないからです。
しかも、Yさんは相続人ではないため「相続」ではなく「遺贈」に当たり、登記原因も異なります。自筆証書遺言は気軽に作成できるものの、その記載の仕方が明確でないと、その意思を反映した相続を行うことはできないという落とし穴があるのです。ただ、Xさんの遺志は確認できました。Aさんは、Cさんに連絡を取り、Xさんの遺志を実現すべく、時間をかけてでも理解を求めていくと強い決意を示されました。

ポイント

自筆証書遺言の保管

遺言書は、その方式として主に、遺言者が自書して作成する自筆証書遺言と、公証役場で公証人が作成する公正証書遺言とがありますが、このうち、自筆証書遺言を法務局が保管するという制度が創設されました。(法務局における遺言書の保管等に関する法律 令和2年7月10日施行)今般、創設された制度では、法務局が自筆証書遺言を預かることで、紛失や隠匿、改変等を防止し、その効果として家庭裁判所での検認を不要としており、自筆証書遺言が持つ危険や煩雑さを回避できるといえます。また、死後に相続人の一人が法務局に開示を請求すると、他の相続人に通知されるという新しい制度も注目です。とはいえ、公正証書での作成が安全・確実なのは変わらないでしょう。

執筆者情報

事例発行元:相続手続支援センター事例研究会

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