私用電話に出るために浴室を離れた

Hさん(71歳女性)は軽度の認知症がある、デイサービスの利用者です。脳梗塞による左半身麻痺がありますが、杖を使ってゆっくり自力歩行が可能です。ある日、スタッフがHさんの入浴介助をしていると、脱衣所に置いたスタッフの携帯電話が鳴りました。スタッフは、浴槽の中のHさんに「ちょっと待ってて下さい」と声をかけ、その場を離れ、電話をとりました。30秒ほどの会話の後、浴室に戻るとHさんの頭が浴槽に浸かっています。スタッフは大声で看護師を呼び、その後、救急搬送を行いましたが、Hさんの意識は戻らず、10日後に亡くなりました。デイサービスでは、事故後、何度も所長が居宅を訪問し、真摯に謝罪をしました。ところが、スタッフが浴室を離れたのは、友人からの携帯電話に出るためだったことが家族に伝わり、これを知った家族はスタッフを業務上過失致死で刑事告訴しました。

介護事故で職員個人が刑事告訴されるケースとは?

介護事故で刑事責任を問われる事故とは?

 介護業務中にスタッフのミスによる事故で利用者が死傷した場合、スタッフ個人が刑事責任を問われる可能性があります。私たちは日常生活において、過失で他人を死傷させれば過失致死傷罪で刑事責任を問われることがありますが、より高い注意義務がある介護のプロが業務中に起こした事故であれば、業務上過失致死傷罪となる可能性もあり、罪が重くなるのです。

しかし、介護職員のミスによる事故で利用者がケガを負っても、全ての事故で刑事責任を問われる訳ではありません。ではどのような介護事故で刑事責任を問われることがあるのでしょうか?

過失が大きく損害も大きな事故

 刑事責任を問われる可能性が高い事故は、「過失が大きく損害も大きな事故」です。「損害が大きな事故」とは、死亡や後遺症など危害の与えた結果が重大な事故です。では、過失の大きな事故とはどんな事故でしょうか?
 「介助中にふらついて転倒させた」というような日常的に起こる事故では、大きな過失とは見做されません。大きな過失と見做されるのは、そのスタッフ個人が強く非難されるようなミスであり、規則に違反した場合や介護職として著しく注意を怠った場合などでしょう。本事例の場合、利用者が浴槽に浸かっている時に私用電話のためにその場を離れて死亡事故が起きたという事実は、刑事責任を問われる理由は十分にあるのです。

スタッフが事故で掲示責任を問われたら

 大きな過失で重大事故につながり、スタッフ個人が刑事責任を問われた場合、どのように対応したら良いでしょうか?刑事告訴に至る手続きは次の2種類のケースがあり対応も異なります
①犯罪事件の疑いがあると警察が独自に判断し捜査を行うケース
②被害者が警察に告訴状を提出し、警察がこれを受理して捜査を開始するケース
 医師の通報などで警察が捜査を開始する①のケースでは、施設は捜査に協力して対応します。しかし、遺族が加害者を罰して欲しいと考えて告訴する②のケースは、家族の意思で告訴の取り下げが可能なため、施設や法人は家族への働きかけなどの対応が大事になります。

執筆者情報

監修 株式会社安全な介護 山田 滋 

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