◆「事故は3年前に終わっている」?

 毎月K特養のショートステイを利用しているMさん(男性73歳)は、軽度の認知症とパーキンソン病の症状がある要介護2の利用者です。自力で歩行は可能ですが、転倒の危険が高くトイレは介助をしています。ある日、Mさんがトイレ介助中の不随意運動が原因でバランスを失い職員と一緒に転倒してしまいました。その結果、Mさんは大腿骨頚部骨折と診断され、入院して手術を受けることになりました。手術は無事成功しましたが、入院中の身体機能低下や認知症の進行もあり、Mさんは車椅子の生活となり要介護4に認定変更になりました。身元引受人の長男は事故状況の説明は受けましたが、その後も施設の利用も継続し、治療費や入院費などの請求を施設にはしませんでした。
 3年後にMさんの長男が病気で亡くなり、Mさんは次男の家に引き取られることになりました。その際、次男はMさんの事故の状況を詳しく知り、施設に過失があるとして、治療費や慰謝料などの賠償請求をしてきました。施設は「3年前にお兄さんに説明し、賠償請求していないのだから事故は終わったはずだ」と主張しましたが、次男は納得せず、施設を相手取って裁判を起こしました。

放棄しなければ賠償請求権は10年間生きている

債務不履行による賠償請求権の時効は10年

 まず、3年前のMさんの事故は過失になるのでしょうか?トイレ介助中に不随意運動が起きることは予測できたことであり、転倒しないように介助しなければならなかったと考えられるため、3年前の転倒事故の過失はあるといえるでしょう。しかし、長男は施設に賠償請求をしませんでした。弟からの請求に応じて支払う払う必要があるのでしょうか?
事故の状況について説明を受けた長男が、治療費などの請求をしなかったことは、「請求の意思がない」つまり「賠償請求権を放棄した」と言えるのでしょうか?長男は請求の意思表示もしませんでしたが、請求権を放棄するとの意思表示もしていません。とういうことは、賠償請求権は相変わらずMさんの家族に残っていると考えられます。債務不履行による損害賠償請求権の時効は10年であり、3年前の事故でも賠償請求権が家族にあれば施設はこれを支払わなくてはならないのです。

賠償責任の説明義務が運営基準に明記されている

このように、多くの施設は事故が起きて“施設の過失があるかもしれない”と考えても、家族からの治療費などの請求がなければ、請求の意思がないものと判断してしまうことがあるでしょう。しかし、賠償請求できる家族は一人とは限りませんし、事情が変われば過去の事故を問題にされるケースもあります。つまり事故から
10年間はいつ請求されても仕方ない状態になっているのです。
 施設で起きた事故で施設の過失である可能性が高いと考えられる場合には、まずは専門家の判断を仰ぎ、過失の有無を確認することが必要です。そして、過失があると判断される事故においては、治療費や後遺障害などの実際の損害が生じていれば、何らかの方法で家族にその請求の権利があることを説明し、請求権を行使するのか確認しなくてはなりません。事故で施設側に賠償責任が発生した場合は、速やかに賠償を行わなければならないと、運営基準にも明記されています。

【指定介護老人福祉施設の運営基準35条ー4・事故発生の防止及び発生時の対応】
介護老人福祉施設は、入所者に対する介護保健施設サービスの提供により賠償すべき事故が発生した場合は、損害賠償を速やかに行わなければならない。

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監修 株式会社安全な介護 山田 滋

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