■「虐待だから処分しろ」という家族
 特別養護老人ホームにある屋外の喫煙所で、2 人の若手職員がスマホを見せ合いながら笑っていました。そこを通りかかった入所者の息子Mさんが「何を見てるの?」とスマホをのぞき込みました。その画像を見たMさんは血相を変えて「それ、うちの母親だろう!」と言いました。「違います。〇〇さんじゃありませんよ」と言う職員のスマホには、アプリで顔が加工された女性入所者の写真が映っていました。Mさんスマはホを取り上げ、そのまま施設長に抗議すると、施設長は「2 人によく言って聞かせます」と答えるにとどまりました。しかし、Mさんは「これは虐待だ!」と言い、スマホの画面を撮影して市に持ち込んだのです。
市では「虐待認定はできないが不適切な行為であり、コンプライアンスの徹底を指導する」との回答でした。しかし、納得できなかったMさんは、家族会で問題にして、「施設は不適切なケアが蔓延している。職員を懲戒処分すべきだ」と発言しました。施設では「法律や就業規則に違反した訳ではないので、懲戒処分にはできない。コンプライアンス管理を徹底する」と回答しましたが、Mさんには納得してもらえませでんでした。

利用者の顔写真加工は肖像権の侵害(不法行為)

■コンプライアンスとは何か?

施設は「コンプライアンス管理を徹底する」と言っています。最近このような明確に違法性が指摘できないようなケースで、コンプライアンスという言葉が使われます。ではコンプライアンスとはどういう意味でしょうか?
コンプライアンスという言葉は通常「法令遵守」と訳されますが、法令を守ることだけではありません。もっと広い意味で「法令順守も含め企業が自主的に企業倫理に沿った運営をすること」を意味します。 ここで企業倫理とは、社会倫理に沿ったものであることは言うまでもなく、企業は社員に社会倫理・職業倫理に沿った行動を守らせなければなりません。

■利用者の顔写真加工はどのような法律・規則に違反するのか?

コンプライアンス違反行為は、どの法律・規則に違反するかによって罰則が異なります。この職員の行為は不適切な行為で懲戒処分には当たらないのでしょうか?本人の了解なく撮影する行為は肖像権の侵害にあたる場合もあり、不法行為ともいえます。また、顔の加工方法が本人に侮辱的なやり方であり、多数の人の目に触れれば刑法の侮辱罪に該当する恐れもあります。そうなると、職員による利用者の顔写真加工は就業規則違反となり、懲戒処分も妥当ということになります。
コンプライアンス違反のクレームは、過度なクレームのように考える場合もありますが、管理者はもっと慎重に違法性などをチェックしなければなりません。※オリジナルファイル(PDF)の別紙参照

■コンプライアンス管理の難しさ

昨年から保育従事者のコンプライアンスが問題にされ、「不適切な保育」という新しい言葉を耳にするようになりました。0歳児の足を持って逆さに吊るす行為は明らかな違法行為(虐待)ですが、幼児に下着のまま食事をさせることも「不適切な保育」とされて糾弾されました。
 当初は企業行動の法令順守が目的とされた“コンプライアンス”はその意味が拡大し、一般市民が要求する多様な規範基準が企業に突き付けられるようになってきています。このコンプライアンスの意味の拡大を経営者はきちんと理解し、市民的倫理規範にも合わせていかなければならないでしょう。

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監修 株式会社安全な介護 山田 滋 

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