誤えん死亡事故の業務上過失致死事件の経過

2013年12月12日、長野県安曇野市の特別養護老人ホームで、臨時におやつの介助に入った准看護師が、入所者の女性(当時85)にドーナツを提供したところ、女性は食べた直後に心肺停止となり、その後死亡しました。准看護師は全介助の利用者を介助しており、音もなく崩れたことに気付きませんでした。また准看護師は、女性入所者のおやつが6日前にゼリーに変更になっていたことを知らされていませんでした。
この事故で、ドーナツを提供した准看護師は業務過失致死罪で刑事告訴され、長野地方裁判所松本支部は被告の刑事責任を認め、有罪判決(罰金20万円)を下しました。被告側は東京高等裁判所に控訴し、令和2年7月28日東京高裁は一審を破棄し被告に無罪判決を言い渡しました。裁判長は「ドーナツを食べて被害者が窒息する危険性は低く、死亡することを予見できる可能性も相当に低かった。刑法上の注意義務に反するとはいえない」と理由を述べました。

食品は全て窒息の危険があり提供を避けることはできない

起訴から一審判決まで

当初検察は、「被告は被害者の動静を観察する注意義務があるのにこれを怠った」として告訴しましたが、その後「形態がゼリー食に変更になっているのに、これを確認せず常食を出した」ことも過失であると追加してきました。
長野地方裁判所松本支部は判決で、「被害者の動静を注視する義務はない」と否定したものの、「ゼリー食への変更の記録等に目を通して確認する義務があったのにそれを怠った」として過失を認定し、有罪判決を下しました。

控訴審判決の内容

東京高裁は「被告がおやつの形態変更の記録の確認を怠ったことが過失」とした一審判決に対して、「この記録は介護職員間の情報共有のためのもので、看護師が全ての内容を把握する必要はない」と判断。さらに、被害者がドーナツで窒息・死亡することへの具体的な予見可能性を検証した上で、「ドーナツを食べて被害者が窒息する危険性は低く、死亡することを予見できる可能性も相当に低かった」として、無罪判決を言い渡しました。

控訴審判決の意義

本判決は介護の現場で働く職員にとって重要な意味がある判決と言えるでしょう。検察が主張した過失について、介護現場の事情を踏まえて検証し理路整然と否定したことは評価すべきといわれています。
「被害者の動静を注視すべき義務があるのにこれを怠った」との検察の主張に対して、17名の利用者のおやつの介助で一人の利用者の動静だけを注視することが不可能であるという、介護現場では当たり前の事実をきちんと説明しています。
そして、「おやつの形態変更を確認する義務を怠った」ことについても、「全利用者65名分の相当量となる看介護記録を遡って、おやつの変更を確認することは無理がある」と、看介護業務でできることの範囲を適切に評価しています。
予見可能性の検証で次のように述べているのも興味深いです。「食品は全て誤えんの危険がありこれを避けることはできない。食事は人の健康や身体活動を維持するためだけではなく精神的な満足感や安らぎを得るために重要である」と。

執筆者情報

監修 株式会社安全な介護 山田 滋 

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