事例

年末、Xさんご夫婦が最初の相談にお見えになりました。Xさんの体調が思わしくなく、病院で検査を受けたところ胃がんが進んでおり、深刻な状態だったため公正証書遺言を作成したいとのことでした。ご夫婦に子供はおらず、ご両親は他界されている為、推定相続人は奥様とXさんの妹を合わせた4名。Xさんは相続で承継した自宅や賃貸アパートの不動産、二人で築いた預貯金や株式等、すべての財産を奥様に相続させたいお考えでした。
必要書類と大まかなスケジュールをご説明し、2週間後にお会いする約束をしてお帰りになりました。

結果

お約束の前日に、Xさんからお電話がありました。なんでも、『やらなければならないこと』があるそうで、それが終わってから遺言作成に取り掛かりたいとのこと。それからしばらくはご連絡がなく、Xさんの体調をとても心配しながら連絡をお待ちしていると、梅雨明けの気温が高いある日、Xさんからお電話がありました。
そのときには、お電話越しでは言葉がはっきりせず、お話の内容も聞き取りづらい状態でした。
急いでXさんに会いに伺うと、病状の悪化が一目でわかりました。時々会話のつじつまが合わないこともあり、果たして公正証書遺言が作成できるのか不安でしたが、準備でき次第入院されるということもあり、一日も早く出来上がるように優先してお手伝いしました。
公証人には自宅まで出張してもらい、1週間後には遺言が完成しました。Xさんも奥様も『これで安心だ』と目を潤ませて喜んでおられたことは、今でもはっきり覚えています。
それから2週間も経たないうちに、Xさんが入院した後、お亡くなりになったと奥様からご連絡がありました。信じられない気持ちのまま、Xさんの相続手続きのお手伝いをさせていただきました。
後日、Xさんの『やらなければならないこと』について奥様にお聞きする機会がありました。なんとXさんは、相続手続の際に奥様が困らないように終活を進めていたのだそうです。
具体的には、遺言について妹たちに了承をもらったり、奥様の負担が減るように不動産の賃貸借契約書や税務申告書を整理しておいたり、株式売却後の換価、通帳の整理、父から譲り受けた日本刀の鑑定など、体調が万全でない状態で、奥様のことを思いながら、精力的に終活されていたことに驚きと感動で胸がいっぱいになりました。

家族の為の財産整理

なぜ財産整理が必要か?

人は一生の間に多岐に渡り財産を保有し、その詳細をご自身で把握しきれていない場合も少なくないでしょう。
まして、自分の死後は、たとえ家族でも、詳細を把握することは困難で、多くの相続人が相続財産を把握するだけで多くの時間と労力が必要となります。よって、相続手続がより煩雑となってしまうのです。こうした事態を防ぐべく、終活の一環として自分の財産を整理し、財産目録を作成する(エンディングノートを書く)ことをお勧めします。また、その際に、貸借・保証などの各種契約書や保険証券などを整理し、不必要なものを処分しておくと、先の手続きが簡素化でき、相続人の手間や苦労が、より一層軽減されることでしょう。

遺言と遺留分

遺言により、遺言者は自分の財産を、原則、思い通りに処分(遺贈、相続分の指定)できますが、一定の相続人には、民法により「最低限受け取ることができる割合」が定められています。これを遺留分といいます。被相続人の兄弟姉妹には認められていません。つまり、今回のケースでXさんの妹さん達は、そもそも「妻にすべて」という遺言に対して自らの遺留分を主張することはできませんでした。ただ、この遺言書のせいで、万が一にも奥様との間に感情的な対立が生じぬよう、予め、妹さん達に了承を得たのでしょう。こうした気遣いで避けられる争続もあると気付かされます。

執筆者情報

事例発行元:相続手続支援センター事例研究会

こちらの記事もおすすめです