背部叩打法(背部タッピング法)とは

  ある特別養護老人ホームで、夕食の食事介助中に誤えん事故が発生しました。摂食嚥下機能に問題の無い利用者Mさん(男性92歳・要介護4)に介護職員が食事介助をしていると、Mさんが急にムセ始めたので介護職員は、Mさんを車椅子上で前かがみの姿勢にして背中を強くたたきました。それでもムセは収まるどころか、かえってひどくなり、「ヒーッ」と言う声を出してムセが止まりました。慌てた介護職員は、Mさんを前かがみの姿勢にしたまま、研修で習った通りに背部巧打法を始めました。肩甲骨の真ん中の辺りを、手首の根本で強くたたき続けましたが、Mさんはぐったりしてきました。大声で看護師を呼ぶと駆けつけてきた看護師は、「それじゃひどくなるから止めなさい」と制し、すぐに吸引を施行しました。吸引で少量の食べ物が引けましたが改善せず、看護師はすぐに救急搬送しましたが、搬送先の病院でMさんは亡くなってしまいました。その後、介護職員が座位のまま背部巧打法を施行したことが大きな問題となりました。

座位のまま背部叩打法を施行すると誤えんが悪化する?[事例から学ぶ対応のポイント]

誤えん事故は2種類ある

誤えん事故は食べ物が喉に詰まって呼吸が止まる事故であり、すぐに対処して喉に詰まった食べ物を除去しなければなりません。しかし〝誤えん事故″は喉のどこに食べ物が詰まって起こるのでしょうか?実は私たちが誤えん事故と呼んでいる事故は、正確には「誤えん」「窒息」という2種類の事故であり、その発生形態は異なるのです。右の図のように誤えんとは気管に異物が詰まって呼吸が止まることであり、窒息とは咽頭口部や食道に異物が詰まって喉頭蓋や気管を圧迫することで呼吸が止まることなのです。

Mさんの事故は誤えんである

Mさんに吸引を施行した時、気管から食べ物が引けたことを考えると、Mさんは気管に食べ物が詰まって呼吸が止まっている状態=〝誤えん事故″を起こしていたと考えられます。気管に食べ物が詰まった状態で、座位のまま背部巧打法を施行すると、気管内に詰まった食べ物は肺に向かって落ちていきます。つまり、誤えんを悪化させたことになるのです。

食道に詰まった窒息状態であれば食べ物を胃に送ることができますが、気管に詰まった時は、座位のままで背部巧打法を施行してはいけないのです。そのため、看護師は「それじゃひどくなるから止めなさい」と制したのです。通常、誤えん事故が発生した場合、気管に詰まっているのか、食道に詰まっているのかをすぐに判別はできませんので、背中より口を下の姿勢にして背部叩打法を施行すれば良いのです。

執筆者情報

監修 株式会社安全な介護 山田 滋 

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