◆きっかけはショートの圧迫骨折事故

 Hさんは認知症がある半身麻痺の要介護3の女性利用者です。Hさんは、S病院併設の老健のショートステイを月に1度利用しています。ある時ショートステイ利用中、職員が車椅子への移乗介助中にHさんの足を車椅子に引っ掛け、大きな皮膚剥離を起こしてしまいました。息子さんからは「家では傷の処置も通院の介助もできない」と申し出があり、ショートステイを続けながら系列の病院で治療することになりました。
 ところが、1週間後にHさんが車椅子からずり落ちて尻餅を着き、腰椎圧迫骨折を負ってしまいました。息子さんは「家では介助できないから、老健に入所させろ」と主張してきました。施設では止むを得なく了解し、Hさんの要介護認定の変更も行い、老健施設で骨折の治療も行うことになりました。老健に入所した後も息子さんの要求はエスカレートし、職員への無理難題と思われる言動も増えて、その都度、「だって老健のミスで2度もケガをさせたんだから当たり前だろう!」と話し合いもできない状況でした。その後息子さんはHさんの退所を拒み続け、やっと退所したのは1年後でした。

自前補償は要求がエスカレートする

介護施設は過失のある事故で家族から補償を求められると、本事例のように自らのサービスで補償を行おうとすることがあり、これを自前補償と言います。家族は事故によって介護負担が増えることで、施設に介護負担を肩代わりするよう要求してくることがあります。これは、施設だけでなく訪問介護サービスでも同様です。
しかし、一旦、自前補償を始めると家族の要求がエスカレートし、サービス提供を続けさせようとして様々なクレームを付けられる事があります。施設は事故を起こしたことに対して負い目があり、強く拒絶することができず延々と自前補償を続けてしまい、収拾がつかなくなるのです。

◆保険金の支払いにも支障が出る

この自前補償はもう一つ難しい問題を発生させます。通常事故の補償は金銭で行うため、保険会社は施設が補償した金銭を保険金で支払うのが一般的です。しかし、自前で補償してしまうと事故で発生した補償の額が算定しにくくなり、保険金の支払いにもトラブルが生じることがあります。また、介護保険制度を利用すれば、加害事故により新たな介護保険給付が発生することになり、第三者行為による求償事務も問題になります。では、「施設の責任で事故を起こしたのだから、施設で面倒を見るべきだ」と主張された場合どう対応したら良いでしょうか?

◆自前補償は理由を説明して断る

補償としてサービス提供を要求されたら、「事故で発生した損害の補償を、加害者である事業者のサービス提供で行うことはできません」と断ります。他の施設やサービスを利用してもらい、その費用を加害者が負担するのです。では、なぜ自らが起こした事故の補償を自らのサービスで補償できないのでしょうか?
 まず、自社の過失で起きた事故の損害をサービス提供で補償すると、サービス提供によって利益が発生します。自らの過失で起きた事故で仕事を新たに受注し利益を得ることは、社会的公正の観点から大きな問題があると考えられます。次に、介護保険のサービス利用では利用者の自己負担分を徴収することが義務付けられており、これを不正に免除することは法令で禁止されています。違反すれば事業者は罰則を受けることになります。
 このように説明して、他の事業者を紹介してサービスを提供してもらい、その費用については、事業者が保険会社へ相談して負担できる金額を決めると良いでしょう。

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監修 株式会社安全な介護 山田 滋

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