■危険度の高い他の利用者に設置
Mさん(男性82歳)は、左半身麻痺がある重度の認知症の利用者で、老人保健施設に入所することになりました。移動は自立ですが、ベッドの乗り降りなどで転倒の危険があります。入所時に相談員が「居室での転倒を防ぐためにセンサーマットを設置しましょう」と言ってくれたので、息子さんはお願いをしました。
 ところが、半年後のある晩にMさんが居室で転倒して、顔面に裂傷を負い救急搬送されました。相談員は息子さんに「ベッド脇で転倒した時に床頭台の角に顔をぶつけられたようです」と説明しました。息子さんの「センサーは間に合わなかったのですか?」という問いに、「センサーは危険度の高い他の利用者に回しており、設置していませんでした」との回答しました。息子さんからは「約束が違うじゃないか?」と抗議がありましたが、施設は「センサーマットは危険度の高い順に設置するので、必ず設置できるとは限らない」と説明しました。1か月後、Mさんが病院で亡くなると、息子さんは「施設サービス計画書にセンサーマットを設置すると書いてある」として賠償請求をしてきました。

一度設置したセンサーマットを外して良いか?

■Mさんの事故の法的責任は?

センサーマット(もしくは離床センサー)の設置を巡って賠償責任が争われた裁判は、大阪地裁判決(平成29年2月2日)など3件あります。これらの判例を検証すると、センサーマットの設置義務は「重大事故につながる切迫した危険が予測できる場合に義務が認められる」と解釈することができます。
例えば、ナースコールを押すことができない認知症の利用者が、居室で転倒し頭部を打撲するなどの事故が一度発生して、再度同様の事故が起きれば生命の危険が予測されるような場合で、設置できるセンサーマットがあるというケースです。これまでの判例に照らし合わせると、Mさんの転倒事故の場合センサーマットを設置する義務は無いということになります。

説明を誤ると賠償責任が発生することも

しかし、本事例の場合は2つ問題があります。1点目は「転倒防止のためのセンサーマットを設置します」と説明していることです。裁判になれば「センサーマットによって転倒が防げると息子さんに説明した」とみなされるかもしれません。
 2点目は、施設サービス計画書にマットを設置すると記載してしまったことです。サービス計画書は契約書と同等の法的拘束力があり、記載したことを実行しなければ契約違反による債務不履行となるため、損害が発生すれば賠償責任が発生するかもしれません。

センサーマット設置の基準を明確に

センサーマットの設置を巡るトラブルを避けるためには、どのような点に注意したら良いでしょうか?本事例のように「転倒防止のためにセンサーマットを設置する」という説明をするのは避けた方がよいでしょう。センサーコールが鳴って駆けつけても転倒を防げる訳ではなく、「転倒事故に迅速に対応するため」と説明した方が良いでしょう。また、一度設置したセンサーマットを外す可能性があれば、施設サービス計画書に記載してはいけません。
 次に、どのような事故の危険に対して設置すべきかの基準や、設置や取り外しについての手続きなどのルールを決めておく必要があります。また、設置や取り外しについて、ていねいな家族説明が必要になります。センサーマットを設置する場合は、「設置しても全てのコールに対応できないこと」「対応しても間に合わないケースがあること」などを事前に説明します。取り外しについては、設置する時よりもていねいな対応が必要となりますから、取り外す理由と取り外した後の対応について具体的に説明し、家族の承諾も必要になるでしょう。

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執筆者情報

監修 株式会社安全な介護 山田 滋 

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