事例
Aさんの長男Xさんが、不慮の事故で亡くなりました。
未婚で子供のいないXさんの相続人は、母親のAさん一人です。
本題に入る前に、Aさんはご主人のBさんの相続で30年前に大変苦労したお話をされました。Bさんには認知をした子供がいたそうで、その子供との遺産分割協議がとても難航したというのです。
Xさんの相続について、Aさんは、「老い先短い自分は、子供の財産など欲しくはないので、相続放棄をして娘のYさん(Xさんの妹)に全部引き継いでもらいたい」と、既に相続放棄の申述書の準備もしていました。
結果
高齢の親が相続人の場合、生活が安定している事などを理由に相続放棄をするケースはあります。
しかし、今回のケースでは、Aさんが相続放棄をするととても厄介なことになることが既に明白でした。なぜなら、相続の第二順位である親Aさんが相続を放棄すると、相続権は第三順位の兄弟姉妹に移るからです。それはつまり、Xさんの第三順位の相続人は妹のYさんだけではなく、以前大いにもめた相手である、父Bさんが認知した子供(異母兄弟)も相続人となってしまうことを意味します。
そのことを説明すると、Aさんは案の定、「冗談じゃないわよ!私たち家族を苦しめた人にXの財産を相続する権利があるなんて、おかしいでしょ?」と驚きと怒りで語気を荒げました。
今回はあわやのところで相続放棄を阻止することができましたが、もし相談に来られず自分一人で判断して手続きをしていたら、Aさんは相続放棄をしてしまったかも知れません。後になってそのことに気づいても、相続放棄は取り消すことは出来ませんので、自分で判断せず、できるだけ早い段階で専門家に相談されることをお勧めします。
相続放棄とは
相続放棄をすると、最初から相続人ではなかったものとみなされるため、第2順位としての相続人がいない状態となり、第3順位である兄弟姉妹が相続人となります。
●相続放棄でできること
子どもがいない方が亡くなり、その親がご健在の場合、その方の相続人はその親になります(父母などの直系尊属:第2順位の相続人)。このような場合に、親が財産を相続することを望まなければ、相続放棄の手続きをすると、その亡くなった方の兄弟姉妹(第3順位:兄弟姉妹が亡くなっている場合はその子:甥姪)に相続権を移すことができます。
●相続放棄をするには
決められた期間内に家庭裁判所への申述により行います。期間は、相続人が自己の為に相続の開始があったことを知った時から原則3か月以内で、この期間を熟慮期間といいます。相続人が相続放棄や限定承認(民法922条)をしないでこの熟慮期間を経過すれば、相続を承認したものとみなされます(単純承認)。すなわち、何もせずに3か月が過ぎれば、自動的に相続人が被相続人の権利義務を全面的に承継することとなります。
●注意点
相続放棄の申述が家庭裁判所で受理された場合、たとえ、この熟慮期間内であっても、撤回することは認められません(民法919条第1項)。相続放棄をすると、借金などのマイナスの財産だけではなく、不動産や預貯金などのプラスの財産も相続できなくなるので、手続きをする際には、その点を把握しておく必要があります。
また、どんなに疎遠な関係にある非嫡出子であっても相続人となる場合には、遺産分割協議に参加する必要があります。合意形成の難航が想定される場合には、遺言書を書いておくことが賢明でしょう。
執筆者情報
事例発行元:相続手続支援センター事例研究会